大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 平成9年(ワ)457号 判決 1998年9月04日

原告

陳祥自

被告

小南昌昭

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の求めた裁判

被告は、原告に対し、金五二二万九七一〇円及びこれに対する昭和六一年七月二九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  原告(昭和五六年二月三日生)は、後記交通事故(以下「本件事故」という。)により傷害を負ったとして、被告に対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償を求める。

なお、付帯請求は、本件事故の発生した日から支払済まで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金である。

二  前提となる事実(当事者間に争いがないか、掲記の証拠から明らかである。)

1  本件事故の発生

(一) 発生日時 昭和六一年七月二九日午後四時一〇分ころ

(二) 発生場所 神戸市中央区下山手通三丁目一一番八号先

(三) 加害車 被告運転の普通乗用自動車

(四) 被害者 原告(当時五歳)

(五) 事故態様 被告車が幅員三・八メートルの道路を走行中、左側道路からプラスチック製の跨座式幼児用車で進出してきた原告に左前部が衝突した。

2  責任原因

被告は、狭隘な道路を進行中に、人家が密集して左右の見通しが悪く、園児らが遊戯のために道路に進出して来ることを予見できたから、予め減速し徐行して、前方を注意して、安全を確認しつつ進行すべき業務上の注意を怠った過失がある。

3  原告の受傷(甲九、乙一、四ないし一一、証人山崎京子)

(一) 原告は、右足部圧挫剥皮創(右脛骨距骨剥離骨折)の傷害を負い、事故当日である昭和六一年七月二九日に川北病院に入院し、翌日、労働福祉事業団神戸労災病院に転院して同年九月二二日まで入院して、創傷の処置とギプス固定術並びに、創が改善したあとに大腿部から皮膚を取って移植する遊離植皮術を受けた。最初の創傷は治癒したが、瘢痕のケロイドが盛り上がって、足関節の運動制限を伴うようになったため、約一年後の昭和六二年七月二三日から同年八月二三日まで同病院に入院して、右足部の瘢痕拘縮除去手術を受けた。

(二) そして、機能回復訓練を受けるとともに、創の経過観察の目的で、通院を続けていたが、平成元年七月一九日、症状固定との診断を受けた。

(三) 原告には、後遺症として、右下腿遠位前面より右母趾背側にかけて植皮瘢痕(二一cm×五cmの紡錘状)があり、左大腿外側に手術瘢痕(二一cm直線状)があり、植皮痕部は知覚鈍麻があり、右足関節はやや内反位をとり軽度の運動制限を残している。

三  争点と争点に関する当事者の主張

1  消滅時効の成否。その援用は権利濫用か。

(一) 被告

(1) 原告の本件受傷は、平成元年七月一九日をもって治癒となり、当時、自算会によって後遺障害等級一四級五号と認定されたため、原被告間において示談交渉を続けたが、平成二年一二月二六日、被告側において示談金一七〇万円の呈示をしたのを最後に交渉がなくなった。

よって、少なくともその翌日から三年間を経過した平成五年一二月二六日をもって、時効期間が満了して時効が完成した。

被告は、本件第一回口頭弁論期日において、時効を援用した。

(2) 原告が、平成元年七月一九日に症状固定と診断されたあとも、通院していたことは認めるが、後遺障害として残存した右足部の瘢痕が原告の成長に従って足関節拘縮等を招来する可能性があったことから、その場合の治療の要否を判断するため経過観察を行っていたものであり、治療のためではなかった。

(3) 時効の援用が権利の濫用であるとの原告の主張は争う。原告は、時効による債権の消滅があることを知っており、弁護士を代理人として示談交渉をしていたのであって、その際、被告が示談金額を呈示したからといって、その後の時間経過による時効すらも援用できないというのは、時効制度の趣旨を無視するものである。

(二) 原告

(1) 原告は受傷後、担当の山崎医師の指導に従って、平成七年まで受診しており、山崎医師は平成七年九月二六日を症状固定日としており(甲九)、この時を消滅時効の起算点と考えるのが正当である。

(2) 仮に被告主張の平成二年一二月二六日が時効の起算点であるとしても、被告が本訴において消滅時効を援用するのは、交渉の経過からして、権利の濫用である。

原告の法定代理人は近森弁護士を代理人に選任して、被告代理人でかつ被告が加入していた任意保険の保険会社の代理人でもある馬場弁護士と示談交渉を重ね、平成二年五月一七日付けで馬場弁護士から示談金一五七万円余の呈示を受けたが、少なくともその呈示額の受領はできるものと信じ、成長過程における原告の改善を引き続き観察治療する要がある、との医師の助言に従い、定期的に病院に通院していたものであって、その呈示が一回の警告もなく、消滅時効により反故にされるというのは予想しえない不意打ちである。被告が本訴において時効を援用することは許されない。

2  損害

(一) 原告

原告の請求する損害賠償額は、別紙損害計算表のとおりである。

(二) 被告

不知。

3  過失相殺の当否

(一) 被告

被告は、当時時速二〇キロメートル位に減速して走行していたのに、道路左側から、突然原告が幼児用車に乗って被告車の直前に飛び出して来たため、避けきれずに接触したものであるから、原告にも重大な過失がある。

(二) 原告

原告にも過失があることは認める。その程度は争う。

第三争点に対する判断

一  争点1(消滅時効)について

1  甲九、一〇、乙四ないし一一、証人山崎京子の証言によると、原告は、事故のほぼ一年後に右足部の瘢痕の拘縮除去手術を受け、さらにその後約二年の間に平均月二回づつ合計四五日通院して、機能回復訓練と創部の経過観察を受け、その結果、平成元年七月一九日に、症状固定との診断を受けたものであること、その時点では、足関節部の動きはほぼ正常で歩行に関してもほぼ正常であったこと、もっとも、原告が成長過程にあることから、足関節部に拘縮による運動障害(植皮が相対的に縮むために運動障害を起こす。)が生ずる恐れがあり、その場合には再び手術を行う必要があるため、その後も経過観察の目的で、数か月に一度程度の割合で(中には一年以上も間を置いて)、同病院に通院したが、創はきれいで、拘縮も見られず、運動制限も認められないまま、何の治療も受けていないこと、平成七年一〇月になって、山崎医師から後遺障害診断書の発行を受けたが、それに記載された症状固定日平成七年九月二六日というのは、残存する後遺障害(前提となる事実3(三))を診断した日の趣旨であること、以上の事実が認められる。

右事実によると、原告は、平成元年七月一九日には症状が固定しており、以後は経過観察にすぎなかったから、右症状固定時点で、本件事故による損害を知ったものというべきであり、時効が進行する状況にあったと言わねばならない。

2  そして、甲七、八、乙三、弁論の全趣旨によると、右症状固定後、原被告間で、双方が弁護士を代理人に選任して、示談交渉を行ったこと、ところが平成二年一二月二六日に被告側から示談金を呈示したのを最後に、原告側から回答がないまま経過したことが認められる。

そうすると、右呈示日の翌日から起算して三年を経過したことによって、時効が完成し、原告の本件損害賠償請求権は消滅したものというべきである。

3  原告は、時効の援用が権利の濫用であると主張するが、平成元年当時、原告の父親は、時効中断の必要があることを認識していたし(乙二)、現に弁護士を代理人として示談交渉をしていたのであるから、時効の援用が、原告にとって不意打ちとなると解することはできず、権利の濫用には当たらない。

二  してみると、その余の点について検討するまでもなく、原告の本訴請求は理由がなく失当というべきであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 下司正明)

(別紙) 損害計算表

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例